#

#余生

2/17

日差しが暖かい。最近は心なしか寒さも和らいできたように思う。

北陸ではもう春一番が吹いたらしい。冬が終わる。

 

 

リノリウムの床を杖で叩く。くすんだ白の上を、ゆっくりと進む。泥が冷えて固まっていくように、1度は千切れた手足の感覚が戻ってくる。もう前と変わりなく動かせる。

 お医者さんが言うには事故の規模の割に傷は浅く済んでいる骨も神経も無傷裂傷の治りも早い、つまり万事順調、そんなわけで毎日のこれは、リハビリというよりはただの散歩に近い。秋庭里香の居ない病院を、ただ歩く。

 

 

 

昼間の病院はしんとして、廊下はどこまでも続いて終わりが無い。ここは日常の中で一番他人の死に近い場所で、だからきっと現実感がない。

病室の前を1つまた1つと通り過ぎる。ドアの奥からは物音ひとつしない。

窓際を歩く。透明な青、ときどき白。早咲きの梅。そこだけ真新しいステンレスの手すりが、日に照らされて鈍く光る。

 

 

トラックが、あの圧倒的な鉄の塊が、僕の目の前で僕と、僕の単車を吹っ飛ばしたあの光景と今の日常がひと続きになっているとはどうしても思えなくて、やっぱり現実感がない。

ただまぁ、人は、死ぬときはあっさり死ぬものだと改めて確認できた。

知識と感覚の両面から理解できたので良かった。良くない。

 

 

 

 

院内を半周ほどしたところで、向かいから車椅子に乗った女の子と、それを押す母親らしい女性が歩いてきた。女の子はここに似つかわしくない快活な笑顔で楽しそうに喋り続ける。ライトノベルみたいな風景だと思った。

女性の静かな会釈に、僕も軽く頭を下げて、ただすれ違う。

 

やっぱりここは日常だ、そう思った。